焙煎によるコーヒー豆の変化の仕組み

焙煎研究編 1/N

公開日: 2022-10-13
更新日: 2022-10-15

  Table of Contents

コーヒー豆の焙煎度

コーヒーの味は, 酸味と苦味のバランス + 香りによって決定されます.

これらの成分バランスに最も大きな影響を及ぼすものが焙煎という工程です.
焙煎前の淡い緑色をした「生豆」は農作物らしい青臭さがあり, コーヒーらしい味や香りはほとんどありません. コーヒーの酸味, 苦味, 甘み, 香りは, 焙煎することで生まれます.

コーヒー豆の焙煎の度合いは, 大きく分けると「浅煎り」「中煎り」「深煎り」の3段階ですが, 5段階表現や1920~1930年代の北米のコーヒー取引商の間で用いられていた8段階表現が一般的には用いられています.

それぞれ特別にはっきりした線引きがあるわけではなく, 地域や店ごとによって定義が変わる傾向がありますが1つのコミュニケーションプロトコルとして覚えといて損はないと思います.

豆の銘柄や品種などによって多少の違いはありますが, 一般的に「浅煎り」であるほどコーヒーの味は酸味が強く, 「深煎り」であるほど豆の色は黒っぽく, 苦味が強くなります. また, 豆の劣化についても「深煎り」であるほど劣化が遅いと言われています. 劣化は一般的に「酸化してまずくなる」と表現されますが, それは「酸敗」と分類される劣化のことで, これ以外にも 「香りとガスの損失」や「ステイリング」という劣化の種類があります.

劣化の種類

ステイリング 焙煎時に生じたクロロゲン酸ラクトンやキナ酸ラクトンが水分子と反応し加水分解されクロロゲン酸やキナ酸に戻ってしまうことです. クロロゲン酸やキナ酸に戻ってしまうと, pHが低下し酸っぱくなります.
香りとガスの損失 焙煎直後から発生する劣化で, 炭酸ガスとともに香り成分がコーヒー豆から抜けていく現象のことです. 常温だと10-15日程度で劣化に起因する違いがわかるようになってきます.
酸敗 油脂分を構成する脂肪酸が空気酸化を受け, 低級脂肪酸に分解されるされることで「油の傷んだ嫌な匂い = 酸敗臭, ランシッド」とpHの低下をもたらすこと.

8段階/5段階表現とタイミング

ライトロースト 浅煎り(あさいり) 1ハゼ手前 うっすらと焦げ目がついた程度の小麦色, コーヒーらしい香りやコクはまだまだ不十分
シナモンロースト 浅煎り 1ハゼ中間 シナモン色. 豆の酸味が最も強い煎り方. アメリカン用として飲まれることがある
ミディアムロースト 中煎り(ちゅういり) 1ハゼ終了時点 コーヒーらしいこうばしい香りと, まろやかさのある酸味, ほんのわずかな苦味
ハイロースト 中煎り 豆のシワが伸びて香りが変化する手前 コーヒーらしい苦味や甘みが現れ, バランスに優れた味わい.
シティロースト 中深煎り(ちゅうふかいり) 2ハゼ中間 酸味と苦味のバランスが保たれた、最も一般的な焙煎度合い
フルシティロースト 中深煎り 2ハゼ終了時点 苦味が際立ってくる焙煎度合い
フレンチロースト 深煎り(ふかいり) 黒みに茶色が残る段階 黒に近い焦げ茶色, コーヒー豆の油が表面を覆いはじめている. 酸味はほとんどなくなり、苦味が一層際立っている. ミルクやクリームと合わせた飲み方が推奨(カフェオレとかに向いている)
イタリアンロースト 深煎り 真っ黒になる段階 ほぼ黒色の状態, コーヒー豆の表面は油分でツヤツヤ. エスプレッソやカプチーノなどイタリアを代表するコーヒーの飲み方に適した焙煎度合い

焙煎度とコーヒー豆の特性変化(Eddiy’s Cafe —Original Roasting Style—より紹介)

コーヒーの甘みの正体?:フラノン類

コーヒーは焦がし砂糖のような, または綿飴のような甘い香りを感じさせる時があり, これがこのplot figureでの「甘み = 香味, フレーバーとしての甘み」です. 中煎り/中深煎りをピークに減少していきますが, これはコーヒーのフラノン類(香り成分, 香料)に由来すると考えられています. 一方, 生豆に含まれるショ糖の量は少なく, 味覚として感じる「甘み」は浅煎り前に熱分解されています. そのため, コーヒーを飲むときに感じる甘味はあくまで「口中香(こうちゅうか)」として口から鼻に抜ける甘い香りが共感覚を生み出し総合的な風味としての甘みにつながっているとされています. 香味としての甘さがコーヒーの後味としての甘みの正体ならば, 淹れてから時間が経過したコーヒーはフラノン類が気化してしまって甘みが薄れ酸味が強くなることとも整合的です.

フラノン類とは糖類が加熱され生じる成分で, コーヒーにはフラネオールとソトロンという2種類のフラノン類があります. なおどちらも化学式 $C_6H_8O_3$で表現されます.

ソトロン 高濃度では典型的なフェヌグリークまたはカレーの臭い
低濃度ではメープルシロップやキャラメル、焦がした砂糖の臭い
フラネオール ストロベリーフラノンの別名を持ち, 天然にはイチゴやパイナップルに含まれ, ソバやトマトの香り成分としても重要

なお, 深煎りコーヒーでも抽出方法によっては感じることのできる「甘み」があり, それはフラノン類とは別の成分と考えられてますがまだ正体はわかっていません(バニリン説はある).

ハゼとは?

焙煎の進行に合わせ豆が加熱され, 収縮(いわゆる水抜きフェーズ)し、その後の膨張(内部圧力上昇フェーズ)して弾けることをハゼといいます. 豆が膨張して弾ける時の現象なので, ハゼが発生 = 豆が膨張 = 豆の密度が低下すると覚えておいてもいいと思います. 焙煎するとわかりますが, 「パチッ」と音を立てる1ハゼと, 1ハゼが収まったあとに発生する「ピチピチピチピチ」という2ハゼがあります.

ハゼの仕組みはまだ解明されていませんが, 焙煎による豆への熱伝導によって豆内部に二酸化炭素や水蒸気といったガスが発生し, 逃げ場を失ったこれらガスによって内圧が上がり, それが限界を超えたときに破裂音と共に開放される現象であると考えられています.

1ハゼ手前/中間で煎り止めする浅煎りは, ハゼの仕組みより豆の密度, さらに粉砕した粒の密度が高い傾向があります. その段階のコーヒーを抽出しようとすると, 粒の密度が高いため抽出スピード(ドリップスピード)が遅くなる傾向があり, 本来楽しみたい酸味だけでなく渋みも抽出されてしまうリスクがあります. そのため, 浅煎りコーヒーをドリップする際は, 抽出スピードを速めるため粗挽き or 抽出穴の大きいハリオのドリッパーを用いるといった工夫が推奨されます.

焙煎によるコーヒー豆の変化について

焙煎が進むための必要条件は2つあります:

  1. 一定以上の温度
  2. 水分が十分減ること

浅煎りで180℃以上, 深煎りでは220~250℃に到達し, ほうじ茶やナッツやカカオ豆などの焙煎温度が150℃程度であることを考えると, コーヒー豆の焙煎は食品の中では高温に分類されることになります. 水分に関しても, もともとの生豆には9~12%程度の水分を含んでいるとされていますが, 焙煎によって最終的には2%まで減少します. コーヒー豆の焙煎は, 温度上昇と水分減少による乾煎りの状態になることが不可欠ということなります.

焙煎中のコーヒー豆の変化の主なものは,

  • 豆外部温度の上昇
  • 豆内部温度の上昇
  • 水分の気化
  • 焙焦反応
  • 体積増加

焙煎が始まるとまず熱を受け取る豆表面温度が上昇し, そこから熱伝導して内部の温度もあがります. 焙煎開始直後には表面と中心部では60℃以上の温度差がみられますが煎り込みの頃にはほぼ温度差がなくなります. 豆内部の水分気化は70℃を超えるあたりから盛んになります. このとき熱エネルギーの一部が気化熱として奪われるので内部温度の上昇は緩やかになります.

「焙焦反応」は焙煎に伴う化学反応の総称のことです. 炭酸ガスの生成や色や香味成分の発生など多種多様な化学反応があります.

焙煎による豆の成分変化

生豆を焙煎すると水分やその他成分が気体へ相変化し抜けていってしまうため, 重量が1~2割程度が減ります. なお, 水分を失った焙煎豆は「軽い」 & 「乾燥」しているため, 空気中の水分を吸収しようとします. これが保存の時, 水分に注意しろというルールにつながりますが, この性質を逆に利用したものがコーヒー粉を用いた吸臭剤です.

成分変化目安表

成分 生豆(%) 焙煎豆(%) コメント
水分 10~13 ~3  
ショ糖 5~8 ~3 フラノン類などへ加熱により変化
アミノ酸 ~2 - ほぼ消失. 香りの元になる
クロロゲン酸 5~10 ~5 焙煎の程度に応じて減少
カフェイン 1~2 1~2 あまり変化しない
褐色色素 - ~20 焙煎によって生じる

焙煎中の豆の構造変化

加熱をはじめてしばらくすると, ある時点から豆の組織が軟化を始めます. これは「ガラス転移現象」とよばれるもので, この性質を持つ物質は温度が低い時はガラスのように硬く, ガラス転移温度を超えるとゴムのように軟化します. なおガラス転移温度は物質に含まれる水分量によって変化します.

焙煎の進行に応じて, 内部温度がガラス転移温度を超えコーヒー豆の細胞壁がゴム化すると, 細胞内に発生した水蒸気やガスが原型質連絡を通って外に逃げ出し始め豆が縮み始めます(= 表面のシワが進む). これは「水抜き」と呼ばれる段階で, 焙煎機内部の湿度が上がって豆のシワが進む様子から「蒸らし」と呼ばれたりします.

またこの段階で豆内部では, 豆内部に残存していた水分が煮立ち, 細胞を構成していた様々な成分(ショ糖やタンパク質, カフェイン, クロロゲン酸, 油脂分etc)がその煮立った水分に溶け出し, どろどろした飴状のものに変化しそれが豆内部を覆います.

その後再び, 水分蒸発の進行によってガラス転移温度と豆内部温度が逆転し, ふたたびガラス化が始まります. このとき, 豆内部で発生した飴状物質が原型連絡質を塞いでしまい, 水蒸気やガスを逃がすことができなくなることで豆内部の圧力が上昇していきます. このとき, 飴状物質は圧力によって細胞壁に押し付けられ圧縮され, 高温高圧環境下で焙焦反応が進んでいきます. 同時に内部圧力の上昇により, 表面のシワが伸び始め焙煎豆全体も大きく膨らみ始めます. これが焙煎による豆体積増加の仕組みです.

適切な焙煎度の見つけ方

そもそもの「おいしいコーヒー」自体が, 個人的な好みや飲む時の体調/気分といった条件に左右されるため定義不可能なのであくまで個人個人でどのように探索していくべきか程度のことしか一般論で言えません. 生豆の個性を理解した上で適切な焙煎度をどのように見つけていくかについては, それぞれの生豆を一通りイタリアンローストまで煎り上げ, 焙煎時間や焙煎温度, コーヒー豆の色合いを記録に残しながら途中途中でサンプリングピックアップし, 最後に飲み比べするという探索を愚直に実行していくことが基本となります.

そのためには, 以下の情報を体系的にレコードすることが推奨されます:

  • 実行日データ: 実行日, 時間, 湿度, 気温
  • コーヒー豆データ: 産地, 種類, 精製方法, 大きさ
  • 焙煎手法データ: 焙煎機器, 焙煎パラメーター(焙煎温度や回転数 etc)
  • 回収タイミング: コーヒー豆抽出経過時間, 焙煎機器温度
  • コーヒー抽出データ: 原料, 粉メッシュ, 粉の分量, 湯温, 抽出時間, 抽出量, 抽出方法, 利用機器, 味

コーヒーの味(苦味や酸味, ボディーなど)は感覚的なものになってしまうのが心苦しいですが, 順位統計量となる形でも良いので記録するところからスタートするのは重要です.

生豆の種類に応じた推奨焙煎度

焙煎を愚直に実行するのも大切ですが, 主観的な目安を事前に定義し, 近傍を探索したりすることも場合によっては有効な調査方法です. 「珈琲大全」という本において, 生豆の種類に応じた焙煎度が提言されており, 生豆の種類を以下のように4つに分け目安をつけています:

タイプ 特徴 推奨焙煎度 理由
A 含水量は少なく, 全体的に白っぽい. 豆の大きさは扁平で肉薄.
酸味が少なく火の通りが良い
低産地~中産地の傾向あり
浅煎り 浅煎りでも極端に酸っぱくならないが, 深煎りだと気の抜けた味になる傾向あり
B 少し枯れた感じで, 表面に幾分凸凹がある
低産地~中産地の傾向あり
中煎り 浅煎りだとちょっと渋みが出やすい
C 肉厚で表面に凸凹が少ない
中高産地の傾向あり
中深煎り コーヒーの香りと味が最も色濃く出る中深煎りが良いとのこと
D 大型, 肉厚で表面に幾分凸凹がある
火の通りが悪く, 強い酸味を持つ、コク(ボディー)が出やすい
スモークフレーバーを楽しみたい人向け
高産地の傾向あり
中深煎りor深煎り スモークフレーバーはこれじゃないと楽しめない

References

YouTube: ひつじ珈琲チャネル, 焙煎工程紹介Video

オンライン記事

書籍



Share Buttons
Share on:

Feature Tags
Leave a Comment
(注意:GitHub Accountが必要となります)