地図と標準誤差

統計
地図
Author

Ryo Nakagami

Published

2025-04-01

Modified

2025-07-23

地図上でのオブジェクトの位置表現

すべての地物は地図上で正しい位置に表現されるのが理想ですが,縮尺化して表される性質上,表現が細かくなりすぎて見えなくなる地物があります. このような場合,以下のような処理がなされる場合があります:

処理 内容 コメント
取捨選択 描ききれない地物を間引く 目的の地図に建物を描く必要がなければ取捨選択によって省略される
総描 地形の形状を誇張・省略する 河川や登山道などは曲がっていることを地図上では示していて,どのように曲がっているかは示さない
転位 地物を元の位置からずらして表現する 一般道の上を走っている高架道路は,そのまま描くと一般道と重なってしまうので転位によって意図的にずらして両方を地図上に表示させる
基本ルール
  • 取捨選択に当たっては,表示対象物は縮尺に応じて適切に取捨選択し,かつ正確に表示する。また,重要度の高い対象物を省略することのないようにする
  • 総描に当たっては,現地の形状と相似性を保ち,形状の特徴を失わないようにする。必要に応じて形状を多少修飾して現状を理解しやすく総描する
  • 公共測量において,地図情報レベル2500の数値地形図に表示する地物の水平位置の転位は,原則として行わない

取捨選択

総描

転位

Example 1 幅1m未満の徒歩道と理由のある嘘

「幅員 1.0m 未満の道路として、道路中心線が取得されている道路」がいわゆる幅1m未満の徒歩道ですが,平成25年2万5千分1地形図図式(標準基準)では 0.2mmの線幅として表現されます.

一方,2万5千分1であるので

Code
print(f"地図上0.2mm相当の実際の幅: {0.2 / 1000 * 25000} m")
print(f"1mの縮尺幅: {1/ 25000 * 1000} mm")
地図上0.2mm相当の実際の幅: 5.0 m
1mの縮尺幅: 0.04 mm

となります.0.04 mmとして地図で表現してしまうと,そもそも徒歩道がどこにあるのか地図上での判別が難しくなってしまうので,「徒歩道がこのあたりに存在しますよ」という情報を伝えるのが目的であるならば, 太さを誇張して表記するのも理由があるとわかります.


ボーリング調査でトンネル貫通

事実

2019年7月11日に午前10時25分ごろ,長崎発博多行きの特急「かもめ16号」が,トンネルの天井を貫通した掘削機に接触. 異音を聞いた乗務員が列車を緊急停車させ,先頭車両の前面左側などに損傷があるのを確認した.

上記の事故原因としてに鉄道・運輸機構から以下のように発表されています

  1. ボーリング工事発注の際に国土地理院の地図(2万5千分の1地形図)に基づき作成した発注図面において JR 長崎本線長崎トンネルの位置が、実際の位置と異なっていた.
  2. 長崎トンネルとボーリング工事の位置が図面上で約 80m離れていたため,ボーリング工事による長崎トンネルへの影響はないものと判断し,ボーリング工事前に現地で十分な確認を行っていなかった

80m の誤差の程度

「図面上で約 80m離れていた」とありますが,2万5千分の1地形図だと80mのずれは髪の紙面上で

Code
error_mm = 80 / 25000 * 1000
print(f"{error_mm} mm誤差")
3.2 mm誤差

となります.また,国土地理院の地理院地図では,建物の形状が見える地図の拡大率における水平精度は原則として「17.5m(標準誤差)」となっており,地図が現実世界のすべてを精確に表現している訳ではありません. そのため,

理由 コメント
ボーリング工事発注の際に国土地理院の地図(2万5千分の1地形図)に基づき作成した発注図面において JR 長崎本線長崎トンネルの位置が、実際の位置と異なっていた. 実際の位置と異なるのは想定の範囲内であるべき
長崎トンネルとボーリング工事の位置が図面上で約 80m離れていたため,ボーリング工事による長崎トンネルへの影響はないものと判断し,ボーリング工事前に現地で十分な確認を行っていなかった 2万5千分の1地形図のような中縮尺地図で,構造物の精確な位置を判断するのが間違っている

と考えるべきだと思います.

References